■■■■■ ひかりと影の平家物語 週刊文春「文春図書館・著者と60分」より引用 「『平家物語』の女たちについて、書いてみませんか」 いきなり、編集者からそう言われて、本書の著者、大塚ひかりさんはまず、びっくりした。次に考え込んでしまったという。「あれ、『平家物語』って、どんな女が出てくるんだっけ?という感じだったんですよ」 日本の古典は、中学生のころから、少女マンガのように愛読している。大学でも日本史学を専攻した大塚さん、もちろん、『平家物語』を読んでいないわけはない。「でも、なぜか、女たちの記憶がないんです。気をつけて読み直してみても、やっぱり平家の女たちは影が薄いというか、ステレオタイプというか、女の描きかたの底が浅いというか・・・。いったいどうやって取り上げたらいいのか困っちゃって(笑)」 ご存じの通り、『平家物語』は史実を下敷きにした物語。しっかりしたオリジナルはなく、琵琶法師の語りによって、さまざまに「改竄(かいざん)」を受けながら伝承されてきた。 「完全な創作の『源氏物語』とは異なって、『平家物語』の登場人物は実在してるんですよね。そこで、巴御前や建礼門院がどんな人で、なにをしたのか、調べてみたんです」 史料を当たって、また大塚さんは悩んでしまった。「同じ女が、史料と『平家物語』では全然ちがっていたりする。巴御前は男に伍して戦った力自慢の女武者ですよね。物語では色が白い美人。でも、毎日馬で駆け回っていた武将なんだから、色白のはずがない。筋肉モリモリで、日焼けして、シミもソパカスもあるはずでしょ(笑)。 建礼門院もそうです。物語の最後部分で重要な役割を果たすキャラクターだけど、実際はどうか。史料にでて<るのは、近親相姦や密通のうわさはかり。これは、少しトロい人なんじゃないか(笑)。とても重要人物の器じゃないんです」 にもかかわらず、『平家物語』の女たちは、みんな「美人」「良妻賢母」「貞操堅固」「けなげ」「忍耐強い」ということになっている。 「男のカンちがいなんじゃないの、と思うくらいのステレオタイプばっかり(笑)」 なぜ、こんなステレオタイプばかりになってしまったのだろうか。ここに口承文学としての『平家物語』のありようがからんでくる。 「つまり、語りはライブですから、語られた時代の女一般の姿が反映したと思うんです。『平家物語』の舞台は、ちょうど貴族社会から武家社会へ、言い換えれば、母系制から父系制への転換期です。それまで娘が相続していた財産を、男が継ぐようになって、女は経済力を失ってい<。同時に急速に女の生きる場所が狭められていき、女の生きかたそのものがステレオタイプになっていくんです」 実際に『平家物語』が成立したのは、平家の滅亡から五十年ほど後だという。 「その頃には、さらに、父系制は進んでいたわけです。この五十年は激動の五十年ですからね。女の立場も、どんどん変わっていったはず。その"変わった女”の姿、つまり父系制の形となってしまった女性像が、『平家物語』の女たちに影響を与えたんじゃないかと思うんですよ」 女の描きかたが平板なのは、『平家物語』が仏教関係者の手でつくられたことにも理由があるのでは、と大塚さん。 「仏教では、女はひとりで、男三千人分の罪業を負ってますからね。男よりずっと下、注目には値しない(笑)。とにかく、『平家物語』の女たちの本当の姿をつかみたいと思うと、もどかしいんです。こんなタイトルをつけましたけど、女だって美人は好きなんですよ。ただ、女好みの美人じゃないのが不満ですねえ」 しかし、大塚さんは『平家物語』を、十分に楽しんでもいる。 「泣けるんです(笑)。かわいそうな子どもがいっぱい出てくるでしょう。子別れも母子じゃなくて父子。父と息子のうるわしい世界なんですよ。ほんとうに泣かせるのがうまい。何度となく泣いて、それがすごく気持ちいいんです(笑)。これが口承文学の醍醐味なんですよ」 ※大塚ひかり |
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