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■吉川英治の「新平家物語」に見る彦島■
その6 道の辻
皇居からの帰り道、宗盛曰く
「いっそたれかれなく、女房たちも女房船にあって合戦の果てを見届けさせておいてはどうかの。もうし平家敗れなば、女房たりとも、生き残ろうとするものは一人もあるまい。平家の女性(にょしょう)たる誇りを守って東国源氏の雑人(ぞうにん)ばらにおめおめ操をけがさすような女性はここにはおらぬはずだ。とすれば、陸(くが)におくも海にいるも、おなじではないか」
「・・・いずれそのこともまた御陣屋に伺って」
知盛は立ち止まってそれを別れのあいさつにした。ちょうど道の辻に来ていたからである。
「そうだの。女房達の始末についてはなおよく話しおうておきたい。あすにでも見えてくれるか」
「伺いまする」
やっと宗盛は自身の陣門の方へ。そして知盛、資盛、原田小卿も道を分かれかけたときである。迅い馬蹄の音が彼方から近づいてきた。騎馬は闇を割ってその影を大きく近づけてくるやいなや
「それに新三位の卿がおられましょうや」
といった。資盛が「おうここに」と大声で答(いら)えると、飛び降りた武者は彼の前にひざまずいて火の山の物見の組から源氏の陸上隊がはや豊浦近くにあることを告げた。(新平家物語・御身隠しの事)
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