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■吉川英治の「新平家物語」に見る彦島■
その5 佐伯景弘
寿永4年3月15日。
ふと佐伯景弘(厳島神社の神官だったが、自ら平家の加勢として一門の後を追って彦島に下ってきた)は宗盛の館から外へ出た。薄墨を刷いたようなやみの奥にぼやっと2つ3つの灯が見えた。中門とは言えない粗末な柵門があり、そこからさきはみかどの皇居となっていた。
灯の下に何か他念なく睦み合っていらっしゃるおん母子の姿が簾越しにながめられた。ふと、お目覚めになったのかみかどはおん母の肩にからんで何かはしゃいでおいでのようである。景弘はおもわずポロポロと涙をこぼした。われにもあらず膝を折って、そこからおん母子の白く、さやげな影を伏し拝んでいた。(新平家物語・鬼曲)
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