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チルソクの夏

 下関を舞台にした映画「チルソクの夏」を見てきました。結論としては、「穏やかな青春恋愛映画」このキーワードに反応できる方にはぜひ見ていただきたい作品でした。

 舞台は1977年。この年開催された釜山・下関親善陸上競技大会で出会った日本人女子高校生と韓国人男子高校生の出会いから1年後の再開までの心の移ろいを描いています。2時間の恋愛映画といいつつ、恋人同士が出会っているシーンはさほど多くありません。ですから、燃え上がるような恋愛とその後の阿鼻叫喚が好みの方には残念ながらお奨めできません。この映画、非常に穏やかに時間が流れて、坂道と海の町の下関が舞台ということとも合わせ、大林宣彦監督の尾道を舞台にした映画となんとなく印象がダブります。

 下関は昔から多くの韓国人と日本人が共存して暮らしていたにもかかわらず、いざ恋愛となると非常に閉鎖的で、主人公の高校生も韓国人と恋愛におちたことについて周りの大人たちは皆よく思っておらず苦悩します。が、決して反抗的になるのではなく、友人と共に韓国語を学び、再会を約した翌年の陸上競技大会に出場するためにトレーニングに打ち込む、また、韓国の激しい受験競争に打ち込むために勉強に取り組む、そういった形で大人たちから受けたストレスが昇華されています。

 この大会が毎年七夕(チルソク)の頃に開催されることから、自分たちを織姫と彦星にたとえ「チルソクの約束」として、毎年一年に一度再開する約束をします。けれど、その様子は織姫と彦星というよりはむしろロミオとジュリエットで佐々部清監督の映像ワークの中にも、夜間外出を禁止された韓国での二人の深夜の密会はロミオとジュリエットの一シーン髣髴させます。というか、まったくそのものです。

 映画で描かれた二人の生活風景はとても日常的で、新聞配達に励み、ラジオから流れるヒットソングを聴きながら編み物をし、学校帰りには買い食いをして、友達同士ボーイフレンドの話題で盛り上がる。時には妊娠騒動も起きたり、仕事に苦悩する親の姿を目にしたりもする。遠方より恋人来たれば夜中に抜け出して楽しい一夜を過ごして翌日は教師に叱られる・・・。そういう風景って、すべての人が何らかの形で体験した事のある風景だと思います。そのため、設定は 1977年と限定されているにもかかわらず、女子高校生からかつて女子高校生だったお年寄りまで誰が見ても懐かしい、自分も若い頃同じような体験をしたことがある、という不思議なチルソクワールドを築き上げています。

 さらに特筆すべきは、主題となる陸上競技のシーンはすべて本当の高校生の女優男優陣が本当に競技しているという点で、パンフレットによると下関市内の高校陸上部と合宿トレーニングをすることによって鍛えられたとか。多くの場合、映像的にはそこまでこだわらずに、不自然なアップや、顔が判定できないほどの引きでお茶を濁されることが多いところ、「チルソクの夏」ではスタートのピストルがなってゴールインするまでほとんどの場合ワンカメラで追われています。それだけに撮影に当たっては障害も多く、主人公は走り高跳びの選手なのですが、165センチをなかなかクリアすることが出来ず、それでも高さをごまかすことなく何度もやり直しをしてついには(踏み台つきですが)165センチをクリアしてしまったのだそうです。こういった映像の作りこみにも非常に好感が持てますし、そんな経験を乗り越えた女優人の表情は演技するそれではなく、本当の高校生の姿でした。お世辞にも美女揃いとはいえませんが、陸上競技場のトラックを華麗に駆け抜ける彼女たちの姿は目を奪われます。

 それにしても、1977年の映像をそのまま撮影できる下関という街、世々の栄えのあとをとどめたすばらしい街と言うべきか、それとも時代の流れに取り残された寂れた街ととらえるべきか・・・。冒頭に書いた大林宣彦監督の尾道シリーズは確か、6作で終わり、最新作の「なごり雪」は大分県で撮影されたそうです。撮影地を移した監督の意図は知りませんが、尾道は駅前を中心とした開発の進展は著しく、たしかに山側から海を望むかつての美しいカットは今は昔のこととなってしまいました。

 下関市ではこれからも映画の誘致を積極的に進めていくそうですが、それらすべてが今回のように昔を懐かしんでみるものばかりですとそれはそれでさみしいものです。「チルソクの夏」はもちろんすばらしい映画でしたが、現在の下関を美しくたおやかに映像にしてくれる作品にも出会ってみたいものだと感じました。

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