巌流島お散歩対談 小池真理子著「恋」
登場人物
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藤井ブルーベリー千尋
♀
職業 : 読書家
昭和43年生まれ
A型・蠍座
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中西シナモンスティックおびお
♂
職業 : 管理人
昭和40年生まれ
AB型・蟹座
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藤井 : 私は「恋」が最初に早川から出版されたときにすぐに購入して読みました。今年になって新潮社から文庫版が出て、中西さんもそれを読まれたということでしたが、どんな印象を持たれましたか?
中西 : 最初に「恋」を手にしたときの印象は「う〜ん」という感じだったんです。
藤井 : というと?
中西 : 女性の書いた恋愛小説でしょ? だから妙に官能的だったり、叙情的だったりするとヘビーかな、と。
藤井 : 女性作家が書いた官能的な小説というとジャンルが違ってくるような気がするんですけど(笑)。ちなみに「恋」はもともとはミステリーとして出版されたんですけどね。
中西 : 読み終わって感じたことは、手に取ったとき、読み始めたとき、前半を読んでいる最中、後半を読んでいる最中、読み終わってから、というそれぞれの過程でこれほど印象・・・というか私自身の感想の変わる小説も珍しいかな、と思いました。
藤井 : 前半はすごくハッピーなんですよね。この世界がこのまま永遠に続いて欲しい、って読者の私が願ってしまうような。
中西 : 「恋」はヤマ場がちょうど分量的にど真ん中くらいにあって、そこから一気に滑り落ちていくんですよね。破滅に向かって。
藤井 : 私はあまり「破滅」という印象は持たなかったんですけどね。「恋」を実らせるために女性が取るべき一つのプロセスというか。もちろん、ここで言う「恋」はふうちゃんと片瀬信太郎の恋ではなくて、なんというか「ローズサロン」という概念に対する「恋」というか。実らせるという表現もちょと違うかも、「守る」と行った方が正確かな。
中西 : 自分たちのローズサロンの中に異分子が入ってきて、分け隔てない均等なローズサロンの世界に揺らぎが生じたというか。
藤井 : 小説の「ローズサロン」では、新しい人間が登場してしばらくは揺れ動くんだけど、すぐに元の状態に戻るんですよね。でも、現実にはひとたび揺れ動くと自然には元の状態には戻れない。
中西 : そうそう。でも、雛子は何であんな不良青年みたいな男に惹かれたのかな? 男として同性の彼には共感もしないし、魅力も感じないんだけど。
藤井 : 軽井沢マジックでしょう(笑)。やっぱり女は恋に「墜ちたい」ものなのよ。
中西 : あのイタリアンレストランの・・・なんてったっけ?
藤井 : カプチーノの副島さん
中西 : そう、副島さんとあの青年の違いは何なんだろうね。僕が雛子さんならまよわずそっちを選ぶけど。
藤井 : っていうか、雛子さんはすでにそっちは選んだあと。
中西 : まぁね。
藤井 : あぁ、男の人にはその辺がわかんないのかな。私も上手には説明できないけど、「恋」に書かれていたような見た目がどうのこうのとかいうのではなくて、刺激かなぁ、好きになるのはいつも同じような男性って言う女性も多いけど、違う世界で一生懸命に生きている、仕事している男性に出会うと、なんだかその世界をのぞいてみたい、とか、ほんとうは理屈ではなくて女の本能としてその男性に付いていきたいといって言うだけのことなのかもしれないけど。信太郎さんも副島さんも基本的には同じカテゴリの生き物じゃない。「恋」の中では雛子が一目惚れしたように書かれてたけど、確かにきっかけは一目惚れかも知れないけど、ローズサロンを飛び出すきっかけになったのはそうじゃないと思うな。アバンチュールというか、初めて本当の「男」を見つけたというか。恋人がいても、あるとき電車で偶然見かけた男性を理由もなくものすごく好きになっちゃう事ってけっこうあるのよね。でも、普通は電車を降りたらその思いも終わりだからしぼんじゃうけど、雛子さんの場合は近所の電器屋さんだから何度でも目の前に現れてくれるし・・・わたし、何言ってるんだろ。
中西 : (笑)
藤井 : ところで、中西さん、オープニングはどうでした?
中西 : ノンフィクション作家が教会の葬式でってあたり?
藤井 : そうそう、鳥飼さんね。そのあたりからふうちゃんが独白を始めるまで。
中西 : あの頃はまだ「無」でしたね。人を殺した女性が病気で死んじゃって、葬式の雰囲気はとことん暗いんですよね。僕は葬式を自分でやったことがあるんですけど、葬式ってなんだかドタバタのイメージがあって
藤井 : 映画「お葬式」のイメージ?
中西 : いや、そうじゃなくて、自分が葬儀社に電話したり、斎場に電話したり、親戚の対応をしたりそういう体験なんですけどね。でも、ふうちゃんのお葬式って見送る人がほとんどいないお葬式だったでしょ? しかもシチュエーションは冷たい雨。さらに殺人犯で殺した相手が男で・・・っていう段階で、なんとなく読者として見えてくるものがあるじゃないですか。
藤井 : 単なる三角関係のもつれでは小説として安易だから、誰か別の真犯人をかばうために? みたいな?
中西 : いや、それも三角関係と同じくらい安易だけど(笑)
藤井 : (笑)
中西 : 病室で鳥飼さんが、「この秘密は誰にも喋らずに私が持っていく」みたいなこと言うでしょ。それで「あ、この秘密はただ事ではないな」みたいな
藤井 : 書いてある文章にストレートに反応する中西さんの思考回路も結構安直(笑)
中西 : でも、今にして思えば、あの秘密そのものは大したことじゃなかったな、って思います。子爵の娘が兄と結婚してたって事がスキャンダラスなわけでしょ? みんなの関係がローズサロンそのものだったことは、秘密といえるほど大したことでもないような気がするし。僕は子爵じゃないからよくわからないのかもしれないけど(笑)。
藤井 : うん、だから主題が「秘密」だと思ってしまうとダメだし、この小説をミステリーだと思ってしまうとさらにダメよね。秘密なんて事はどうでも良いことで、やっぱりこれは「純愛」が主題なんだと思うな。
中西 : 純愛も特に親子愛を感じるな。片瀬夫妻とふうちゃんはそんなに歳は違わないよね、親子になりうるほどには。
藤井 : ふうちゃんと雛子が7つ、8つくらい、信太郎とは一回りくらいかな?
中西 : そんなもんだよね。でも男と女と言うより親子愛を感じるなぁ。やっぱり。
藤井 : ローズサロンは親子愛で成り立ってるんじゃないけどね。肉体関係があるわけだから。
中西 : そりゃそうだけど。
藤井 : 親子の愛というのは損得無し、駆け引き無しの愛だからそれこそが「純愛」なんでしょ? ふうちゃんは田舎ものの両親を少し疎ましく思ってたでしょ? そう書いてあったよね。だから、片瀬夫妻が仮想両親だったっていうのは一部には正しいと思う。ベッドで片瀬夫妻の間にふうちゃんが入るっていうのはそこだけを抜き出してその後の展開を想像するとすごく官能的だけど、実際は信太郎が本を読むのを聞きながら寝ちゃうし、ふうちゃんが脱ぎ散らかした服を、ふうちゃんを起こさないように気をつけながら片づけるのなんて親子そのもの。
中西 : 子供のもてない夫婦だからふうちゃんは片瀬夫妻にとっては仮想子供だったのかな
藤井 : 片瀬夫妻はふうちゃんのことを仮想子供とは思ってないでしょう。あくまでもローズサロン。私が言ったのは、ふうちゃんの意識の根底にはそういう親子愛の問題があるのではないかな、ということなの。
中西 : エンディングで信太郎のガウンを床に投げ出し、信太郎のベッドに入ってる大久保に猟銃を向けるよね。
藤井 : かっこいいよね
中西 : あの行為は?
藤井 : 女なら当然でしょう。自分の幸せを守るために取るべき他の方法がないもの。あ、もちろん小説の中で、という前提でね。現実の世界なら泣き寝入りしてローズサロンの世界から抜け出して・・・
中西 : 学生運動の演説を聞きに行く?
藤井 : そうねぇ。
中西 : エンディングはどうよ?
藤井 : わたしがふうちゃんだったら寂しいな。結局自分の名前が訳者あとがきに本当は記されていたことを知らずに死んじゃうんでしょ? 片瀬夫妻から見捨てられた悲しみだけを背負って。片瀬夫妻との幸せな世界を守りたい一新で殺人犯になったのにね。なんか、ふうちゃんかわいそうだな。
中西 : そうそう、あの編集者ひどいよね。編集者よりもふうちゃんの方がよっぽど貢献してると思うけど。せめて、事情でも説明してあげられたらね。
藤井 : でも、お互いに行方不明になってたわけでしょ? 片瀬夫妻は鎌倉に引っ越して、ふうちゃんはあちこちを転々として。
中西 : ふうちゃんが刑務所の中で書いた手紙、片瀬夫妻に届けたかったなぁ。
藤井 : ふうちゃんの気持ちは片瀬夫妻に届いていると思うけどね。
中西 : マルメロ?
藤井 : マルメロ。
中西 : でも、恋心の一方通行は端で見ているとつらくない?
藤井 : つらいよね。そういう意味ではあのエンディングはつらいエンディングたったと思うな。あの何も知らずに死んじゃうふうちゃんと、ふうちゃんが死んだあとも夫妻の庭で実を付けるマルメロ、あのエンディングだからこそこの「恋」という小説の価値があるのだと思うし、あのエンディングだからこそ、こうして読んだあとも心に残ってるんだと思うけどやっぱりつらいな。
中西 : でも、インターネットの書評を読むとあのエンディングに感動している人多いよ。
藤井 : 刹那主義の人が多いんでしょう。マルメロの部分しか記憶に残ってないというか。
中西 : 片瀬夫妻はふうちゃんのことを思い出したくないとか言いながらもマルメロはせっせと世話してたよね。
藤井 : あれもどうだか。あの編集者は怪しい。本当にそこまで労をとってくれたのかな? 意外と片瀬夫妻はふうちゃんに会っても良かったのかもよ。ただ、ふうちゃんの消息を知らないし、あえて知ろうとしなかっただけのことで。
中西 : そのあたりは十数年経ったあのときでもローズサロンしてるかどうかによると思うけど。
藤井 : あ、それは絶対してないと思う。兄妹二人で静かに鎌倉で暮らしてるんだと思うよ。
中西 : 僕も同感。ローズサロ幕が下りることによって片瀬夫妻は新しい生き方を始めるんだよね。兄妹である以上のつながりというか、これまでは誰にも覆すことが出来ない兄妹という絶対的な関係で二人はつながっていたから、それゆえにお互いに同心円を回りつつ時々は飛び出すことが常だったけど、これからは二人ともどこへも行かずに、言ってみればごく普通の本当の夫婦のようにやっとなれたというか・・・二人の時代が変わった。
藤井 : そう。浅間山荘事件の終結と共に。
中西 : だったらふうちゃんとしても本望かな。人生を賭けて守ろうとしたものが、マルメロと同じように見事に結実したって事だから。自分自身が実体としてそこにいるより、自分の分身のマルメロがそこにいた方がふうちゃんも幸せに思えたのかも知れないし。ふうちゃん自身は永遠にローズサロンが続くとは思っていなかったみたいだから。
藤井 : 本望・・・だといいね。
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