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テトリガンスの海

nisiyama02a.jpg (24917 バイト)

冨田義弘著「ひこしま昔ばなし」(ほう江山書房)より引用

手取り鑵子(てとりかんす)

 西山の海岸は、新生代第三紀層(約3千万年前)から成っており、奇岩怪奇勝の連続ですがあまり知られていません。 青海島よりも、また、東尋坊よりもそりゃあすばらしい、と島の古老達は自慢しています。その、西山の舞小島の近くに「手取りカンス」と呼ばれる怪崖の洞窟があります。多年の風化作用によって、穴の中にはいろいろな形をした物がぶら下がっています。

 昔、その中に、茶釜そっくりの物が下がっていて、まるで金で作られた物のように、キラキラ光っていました。里人達は、これは神様が作って下さったものだ、とありがたがって日夜、参拝を欠かさず大切にしていましたが、ある日、小倉平松の漁師がこれを見つけました。

「この茶釜は見事だ。持って帰って家の宝にしよう」

 と、茶釜をもぎ取り、船に積んで帰りかけたところ、にわかに海が荒れて、漁師も急に腹痛をもよおし、我慢できなくなってしまいました。恐れおののいた漁師は、茶釜を海に投げ捨て、大急ぎで小倉へ帰りました。すると不思議なことに荒らし物腹痛も収まったということです。

 このあたりでは、茶釜のことを「鑵子」とも言いますので、その後、この岩屋のことを誰というと無く「手取りカンス」と呼ぶようになったと言われています。



冨田義弘著「ひこしま昔ばなし」(ほう江山書房)より引用
(原典は下関図書館発行「下関の伝説」)

手取りガンス

 小倉長浜の商人二人が船に荷を積んで下関へ向かうとき、ちょうど、テトリガンスの沖合にさしかかったところ、岸辺に何かキラキラ光る物がありました。二人の承認は早速船をその岸に着けて調べてみますと、2つの大きな壺がテトリガンスの中にありました。開けてみると目にもまばゆいほどの金銀財宝が入っていました。

 驚いた二人はそこで話し合いをし、一応財宝をここにうまく隠しておき、下関で商売が終わった跡、取りに戻り、持ち帰って山分けにすることにしました。そして二人はまた船に乗りましたが、彦島西山を廻って小戸に入ったところで、どうしたことか、一人が急に頭が痛くなったので、陸に揚げてくれといいだし、仕方なくもう一人の商人は病気の商人を彦島側に上陸させ、急いで唐戸へ向かいました。しかし、船の中でふと考えて

「うん、あいつの頭痛はきっと仮病に違いない。わしをだまして先回りし、あの壺の財宝を取りに行ったのだ。いけない!」

 早速船を元に戻し、後を追いかけ、テトリガンスに急ぎました。
 そして財宝のあったところへ来てみますと、思った通り壺のひとつは蓋が開いており、その中は瓦ばかりが詰めてありました。都、その側を見ると、あの先回りした商人が死んでいるではありませんか。次第にあとから来た商人も恐ろしくなりましたが、もう一つの壺に何が入っているのか見たくてしかたありません。

 こわごわと壺の蓋を取り、中を覗いてみると、これもまた瓦や石ばかりです。あまりのことに商人は発狂してしまい、海の中に飛び込んで死んでしまいました。

 


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