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■■■■関門鉄道トンネル

 あまり知られていないことですが、本州と九州を在来線で結ぶJRの関門トンネルの本州側の入り口は彦島にあります。旧市内にある下関駅を出た列車は右に車両基地、左にコンテナターミナルを見ながら築堤の上を進み、鉄橋で小瀬戸を渡って彦島に入り、そこから関門トンネルへと進みます。

 関門鉄道トンネルは上の写真を見てもわかるとおり、上り線と下り線が別々のトンネルになっています。昭和17年に1本目が開通し、複線になったのは昭和19年のことでした。もともと計画は明治24年くらいからあったんですが、当時は橋にするか、海底トンネルにするかという議論が行われていました。橋にすると攻撃目標となり安いという軍事上の問題やトンネルの方が費用が安いという点で海底トンネル方式が採用され、昭和10年から工事に取りかかりました。下の写真は昭和13年に発行された絵はがきですが、トンエルがどのように彦島を通り抜けているのかがよくわかります。

 
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 海水の漏水との戦いの連続で工事は困難を極め、32名の殉職者を出してしまいました。上り下りの両トンネルの間に植えられた樹木の下に関門鉄道トンネルの慰霊碑がありますが、一般の人は線路間に立ち入ることはできません。

 上の古絵はがきに建物のイラストが記されている弟子待見張り所は下の写真のようだったようです。

■■■■文学の中の下関

 頭の上の離れたところに
 海波が躍っているのを
 感じる

 内田百間 著 「阿房列車」

 内田百間(1889〜1971)は、岡山県生まれの小説家・随筆か。夏目漱石の門下に入り、短編小説「冥途」を出しました。昭和に入って、ユーモラスな味を持つ随筆家として才能を示しました。
 戦前には「百鬼園随筆」「鶴」、戦後は「贋作吾輩は猫である」「阿房列車」等の作品があります。
 「阿房列車」(全3冊)に関門トンネルを通る場面があります。
 「薄暮になって下ノ関に着いた。ずいぶん長く、15分ぐらい停車した。その間に今までの蒸気機関車を電気機関車に付け替える。海の底の関門隧道を通る為であって、隧道を出て門司に着いたら、又はずす。(中略)じきに海底隧道に這入った。私は初めてである。矢っ張り海の底の響きがする。頭の上の離れたところに海波が躍っているのを感じる」

下関市市報「潮風」1995年4月1日号より許可を受けて転載


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