[彦島を熱く語る!!一覧に戻る] お名前:なかにし |
平家物語関連Webサイト情報 その2 |
キーワード:平家物語 Web WWW コメントの種類:歴史 2年生が「古典に親しむ」ということで「平家物語」の勉強をしているようです。那須与一にインタビューした「記事」が載っていたり、挿し絵がオリジナルだったりと結構よくできてます。ただ、せっかく、5クラスもあるのだから、クラス毎に場面や登場人物を分担したらもっとおもしろかったのにねぇ。「登場人物の心情をとらえよう」っていうテーマなら与一以外にも千手の前とか、仏御前なんかもおもしろいとおもうんですが・・・。 |
なかにしさん:
はい。
平家物語の登場人物は面白い人間のオンパレードでありますね。
いろいろな人物がいて、私達が生きて行く上で、大変参考になります。
那須の与一にインタビューをしたら
逆の立場の人々のインタビューもして欲しかったですね。
「扇の的」でハイライトを受けても彼の人間性はどうであったかは疑問です。
「御ジョウ」事件のことですが。
いろいろな大学の学生が狼籍をしてニュースになっていますが
人としてのシツケも教育も訓練も受けず大人になった、って思います。
大学生が暇を持て余して無頼の輩と同じレベルの事件を起こしていては
何も学んではこなかった証左です。情けない。
「人としてどうなのか」を考えたいですね。
慶応大学には膿を自ら出して範となって欲しいです。
那須の与一で思い出したのですが
「何故与一は称賛する平家の老武者を射殺したのか?」
名古屋の上前津辺りに(と思います)北条義時の孫が地頭として赴任して来て
「横井」姓を名乗ったのです。
江戸時代は尾張藩の御重臣を勤めていて名古屋の名家の1つです。
江戸時代にこの横井氏の1人が非常に粋な人で
ある時、お客人が川柳を所望して扇を出し、「もう一句」と催促したら
「2本目は 与一も困る 扇かな」
と書いたそうです。
「ゴジョウ」事件で思い出したのですが
見事扇を射抜いた与一を称賛する平家の老武者が扇をひらひらさせたのを
ひょっとすると義経は「あの<扇>も射抜いて見せよ」と言ったのかも。
2本目は<与一>も困ったのかも。。。
とにかく、義経都落ちで分かるように、義経の人気は<無責任な外野>の間だけで
鎌倉に集う武士の支持は得られなかったのですから、義経とはそういうタイプの
武将だった、ということでしょうね。
>見事扇を射抜いた与一を称賛する平家の老武者が扇をひらひらさせたのを
>ひょっとすると義経は「あの<扇>も射抜いて見せよ」と言ったのかも。
あいかわらず冴えてますねぇ。なるほどねぇ。
知盛さんも着目した彦島の重要性についてですが、こういうのがありました。ちょっとふるいですが。
http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9708/paper/0813/seiron.html
>会談の直後、艦隊側は門司に上陸し、彦島のあたりを調査し、
>「わが方の機関将校はみな口をそろえて」そこがいかに難攻不落の要害の地
>であるかを語ったそうだ。
う〜ん。
矢張り分かる人には分かるのですねぇ。
天智天皇も半島からの攻撃に対して彦島で守ろうとしていた、と司馬遼太郎も書いていましたが
こういう部分を彦島の紹介に使えるといいですね。
今は、大正時代から昭和にかけて行われた本土側の埋め立てでだいぶ地形も印象も変わっていますけど、昔の彦島は関門海峡の真ん中とも言って良いような場所に鎮座して、九州朝鮮や瀬戸内豊後水道を睨み付け、天然の良港を有するかと思えば、方や難攻不落の断崖絶壁があったりして、まるでサンダーバードの基地のようだったと思います(発想が貧困ですまん ^^;)。
この投稿に対するコメント |