| [1] | ![]() | 則岡流島崎氏さん からのコメント(2026年01月07日 17時20分26秒 ) |
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空の青海のあを 様
大変ごぶさたしております。
あなた様が提供された根来衆の記事を拝見し、久し振りに投稿したくなりまし
た。
根来衆はご存知のとおり、秀吉の紀州征伐の際傭兵とはいえ、我々畠山氏と当家
の陣営に加わり、共に戦った盟友と思っています。
小牧長久手の戦いの際にも徳川家康側に付き、秀吉による紀州征伐の要因ともな
りました。
根来衆が最も輝きを放ったのは、信長台頭前の天下人三好長慶の実弟実休と
相対した岸和田城を周辺を舞台とした久米田の戦いではないでしょうか。
我が方の総大将は当時の尾州畠山家の当主畠山高政です。当然ながら当家も参陣
しました。そしてこの戦いは敵の総大将三好実休が根来衆の誰かの鉄砲で深手を
負い討ち死にしたことにより。勝利を得たのです。
余談ですがこの城は元々楠木一族の和田氏により築城されたとあります。
実は息子がこの岸和田城が眼前に迫る高校を出ており、少なからぬ因縁を感じて
います。
前置きが長くなりましたが、昨年の3月に2度目の大学を卒業してからここしば
らくは何もせず世俗にまみれて遊び呆けていました。
しかし昨年の12月くらいから何かが降臨してきて、則岡氏に関する論文の執筆
に専念しています。
そして今日に至るまで4本の論文を書き上げました。いずれも則岡氏に関するも
のです。
論文を投稿する学会誌はいずれも査読付きのものなので、掲載されるかどうかは
わかりませんが、後世に則岡氏の存在を残したい思いで、現時点で出せるだけの
力は振り絞ったつもりです。以下は投稿した学会誌と論文名です。
【奈良史学】
@『紀伊国則岡氏研究ー則岡文書にみる畠山氏との主従関係と関係資料の再評
価ー』
【和歌山地方史研究】
A『中世在地武士家文書の資料評価ーー則岡文書群にみる時間情報と記録密度ー
ー』
➂『紀伊国有田郡宮原庄における岩室城と在地武士則岡氏』
C『則岡文書影写本 翻刻・現代語訳』
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