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 投稿番号:101697 投稿日:2019年11月21日 22時03分12秒  パスワード
 お名前:真夏に降る雪
『式町』『敷町』についての情報

コメントの種類 :質問  パスワード

『式町』『敷町』という苗字(名字)についての情報はございませんでしょうか?

[1]空の青海のあをさんからのコメント(2019年11月21日 22時44分13秒 ) パスワード

全くわかりませんが:



https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E5%BC%8F%E7%94%BA

【名字】式町
【読み】しきまち
【全国順位】 16,863位
【全国人数】 およそ310人
【名字の由来解説】

佐賀県、福岡県、長崎県などにみられる。
                  「しき」とは志貫に通じ、城砦や一定の区画地などを表す。地形に由来する。


式町さんの多い地域 TOP5


都道府県      人数

佐賀県 およそ120人
福岡県 およそ50人
大阪府 およそ30人
東京都 およそ20人
愛知県 およそ20人


市区町村      人数

佐賀県佐賀市 およそ110人
東京都府中市 およそ20人
北海道札幌市厚別区 およそ10人
北海道函館市 およそ10人
埼玉県さいたま市南区 およそ10人




https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E6%95%B7%E7%94%BA
【名字】敷町
【読み】しきまち
【全国順位】 45,785位
【全国人数】 およそ50人
【名字の由来解説】

                       同名字は、福岡県、静岡県、愛知県などにみられる。

敷町さんの多い地域       TOP5

都道府県            人数

福岡県 およそ20人
静岡県 およそ10人
愛知県 およそ10人
広島県 およそ10人
山口県 およそ10人


市区町村            人数

静岡県駿東郡小山町 およそ10人
愛知県知多市 およそ10人
広島県広島市安芸区 およそ10人
山口県下関市 およそ10人
福岡県福岡市西区 およそ10人
[2]空の青海のあをさんからのコメント(2019年11月21日 22時57分57秒 ) パスワード

>「しき」とは志貫に通じ、城砦や一定の区画地などを表す。

志貫は  恐らく  タイポ。(入力ミス)で 

志木 志岐  敷  磯城 識  志気  識  織 鋪 職 信喜  志貴  茨木   などなど 
     (まだまだあるので検索してみてください  コピーするのに 多過ぎ) 

のどれかのタイポと思います。



⤵  これかなと思った  けれど  間違ってるかも。

「磯城」の意味は奈良盆地中央部の郡名のこと。
奈良県北西部の郡。古くは桜井市など近隣一帯の称。→敷島



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%AF%E5%9F%8E

磯城(しき)とは、奈良盆地の東南部を指す地域の名称。三輪山の西、初瀬川流域までの地域で、現在の磯城郡と桜井市、天理市の一部を指す。志貴・志紀・師木・志癸とも表記する。



本居宣長の『古事記伝』では「石城」(イシキ)が変化したもので、石でかためた堅固な城があった場所だという。

『日本書紀』第五では、崇神天皇 が都を磯城瑞籬宮(しき の みずがき の みや)に遷したとも伝えられ[1]、巻第十九には欽明天皇が都を磯城郡の磯城嶋(しきしま)に定め、磯城嶋金刺宮(しきしま の かなさし の みや)と名づけている[2]ことも関係があるのかも知れない。ともに、現在の奈良県桜井市金屋付近に存在したとされている。

同じ崇神天皇の項目には、天照大神と大国主神を天皇の大殿(みあらか)のうちに祀ったが、神の勢いがありすぎて、ともに暮らすことができなくなってしまった。そこで、天照大神については、娘の豊鍬入姫命(とよすきいりびめ の みこと)に大和の笠縫邑(かさぬいのむら)に祭るため、「仍りて磯堅城(しかたき)の神籬(ひもろき)を立つ」(よって、堅固な石で作った神の降臨所を立てた)とある[3]。

歴史[編集]

神武天皇の東征の際に、天皇に服属した豪族、弟猾が磯城邑(しきのむら)の磯城の八十梟帥(やそたけるのことを天皇に教えたとあり[4]、『古事記』の綏靖天皇の大后の名前は「師木県主の祖(おや)、河俣毘売(かわまたびめ)」となっている[5]。「磯城」の文献上の初出はこの2例になるが、歴史上確実と思われるものは、前述した崇神天皇や欽明天皇の宮殿の名称になる。『古事記』では垂仁天皇の「師木の玉垣宮」(しきのたまがきのみや)の名があげられている[6]。崇神天皇が磯城の地を足がかりにしたことは、大和の三輪山の神を祭って、国家の基礎をかためたという記述からも推測される。

埼玉県稲荷山古墳出土鉄剣の銘文中の「獲加多支鹵(わかたける)大王」は雄略天皇と推定され、「斯鬼宮」(しきのみや)が磯城郡にあった天皇の泊瀬朝倉宮のことではないか、と考えられている。その他代々の天皇の宮殿もこの地域に設置されてきた。


倭の六県の磯城県(しき の あがた)が設置され、古くから大和政権にとって要地であった。磯城県主(しき の あがたぬし)は、伝説によると神武天皇2年(推定前659年)に設置されたことになっている[7]。考古学的にも、弥生時代の唐古鍵遺跡のような低地遺跡があり、環濠集落・条里制の集落が残されており、古くから人の住みやすい場所であったことが窺われる。現在の桜井市北部には箸墓古墳に代表される纏向遺跡がある。

『書紀』巻第二十九によると天武天皇の時代の683年、磯城県主ら14氏に「連」の姓が授けられている[8]。『新撰姓氏録』では、大和神別の「志貴連氏」は神饒速日命の孫日子湯支命の後ともされている。

のち、大和国の郡名になり、『和名類聚抄』にあるように、律令体制下では城上郡(しきのかみのこおり)・城下郡(しきのしものこおり)の2つに分けられている。

[3]空の青海のあをさんからのコメント(2019年11月21日 22時58分39秒 ) パスワード

出身地が分かると解決につながるかも。
[4]真夏に降る雪さんからのコメント(2019年11月22日 13時07分24秒 ) パスワード

佐賀県出身です。
家紋についても分かる方はいらっしゃいますか?
[5]浜分の狐さんからのコメント(2019年12月01日 17時27分14秒 ) パスワード

こんばんは

はじめて式町、敷町を知りました。
もしかしたら佐嘉光法の方面の関係者でおられますか

昔は光法に駅があったようですね
色々、想像力を掻き立てられます。
[6]匿名さんからのコメント(2020年07月06日 01時36分01秒 ) パスワード

たとえば揚羽蝶の紋はご存知かとおもいますが
紋は、なかなか難しいのです。

旺文社の古語辞典に家紋が載っていますので
それを覚えながら探してみてください。
(歴史的仮名遣いでのってます)
あとはお寺さんの紋とか


大名の紋とはいえ佐賀だと
抱き花杏葉、抱き茗荷、四ツ目など浮かびます
神代は巴でしたね
あとで詳細をみてみます



[7]相良四郎さんからのコメント(2020年11月21日 17時35分38秒 ) パスワード

佐賀発祥ならと思いますが西海、山陽にも分布してますし
東海地方もですが東関東、越におられないのが不思議です
物部、阿久比で考えてました
阿久比には高岡の地名があって
物部より高岡が出てくると見ましたので
現在から辿るには相当骨が要りそうですが

地名でかんがえると
大浜、一式、一敷、式敷
意外とありますね
大浜はお気づきかと存じましたが
また書こうと思います

しかし知多にまた西海感を見るとは思いませんでした
[8]相良四郎さんからのコメント(2020年11月21日 17時52分24秒 ) パスワード

すいません
大阪を忘れていました
自ら東大阪までの用事を作ったものとして恥ずかしいです
畿内ですから物部の話はかなりありますね
[9]さんからのコメント(2020年11月26日 23時57分59秒 ) パスワード

桔梗紋がこちらにはあります
楮根と同じ楮作という地があります
曾祖父もこの地域の近くに住んでいたことになります
事情がかわれば曾祖父は桔梗紋の家に養子の可能性もありました

私も平川だったのかもしれません
[10]相良四郎さんからのコメント(2020年12月09日 20時06分59秒 ) パスワード

和賀に下前川という川があり
位置的に平熱の方が反応してくれそうなのですが
私だけではとても..
しかし離れているにしても舗前沢
あやしいです
平氏、平家の話ですが佐賀は彦島に近いですし
彦島橋でしたか、残されているのだなと思います

我が先祖の地ですが鍋島が二度見するような地名が途中にあります
過ぎていくとそうでもないですが
あとよそで経津主神と姫の話をいただいていましたが
逃げておりました
私の関係地は白石とも言うようです
[25]さんからのコメント(2021年02月17日 22時05分59秒 ) パスワード

割り込んですいません

家紋は松川菱ですか
[26]相良四郎さんからのコメント(2021年02月17日 23時27分42秒 ) パスワード

私も思うところありますので
こちらを読んでください



http://kameyamarekihaku.jp/sisi/index.html

捕捉は補足でした
文字が小さくてみえない−−
[27]相良四郎さんからのコメント(2021年02月18日 19時15分36秒 ) パスワード

過去の資料を漁っていて
いつも思うのですが
厳木の端っこは許して欲しいのです
さすれば色んな所に通ずるものですので

彦島のサイトの嘉村さんにしても、まだ見ておられるなら
本当に助太刀を頼みたいですし
藤津郡というか太良の賀村さんも嘉村さんと同じだとおもうのですが
常富ですから、それに常富さんがいるようですし
これ以上は今は書けません
[30]相良四郎さんからのコメント(2021年02月19日 15時58分56秒 ) パスワード

あちこち見回っていたのですが
現在でも佐賀の方なのでしょうか
小城だったり久原だったり
微妙に違いますから

長崎にもおられたのだなと思い
早く触れておきたかったです
西戸触ってあったような
親類に聞いてみます

[31]相良四郎さんからのコメント(2021年02月19日 16時06分16秒 ) パスワード

あのお方は山陰本線の方にいた人物だったんですね

なんか波長が合う気がしていました

私の出身地は言えませんが

尾瀬に今すごいインスピレーションを感じています

私のなかでは関連してる気がします

もう踏ん切りがついたので

これからは松津國造を調査しようかな...
まだ思うところあり悩みましたのですが
長上の人にバトンタッチしたいです
今週はこれまで、多分...
[32]相良四郎さんからのコメント(2021年02月26日 09時28分57秒 ) パスワード



埼玉苗字辞典より

敷 シキ 横見郡大串村字敷町あり。島根県隠岐郡知夫村五戸あり。

知夫が答を握っていると多方面から見ていくとそうだと思います。
[33]相良四郎さんからのコメント(2021年03月17日 15時37分28秒 ) パスワード


戻りました
矢答というのは矢筈のことなのでしょうかね

今後は二十八宿も視野に入れてみようかなと
学ぶ=真似 からはいっていくとは言いますから

[46]相良四郎さんからのコメント(2021年05月20日 15時04分18秒 ) パスワード

八尾とか あの周辺にもご先祖がいたのでしょうか

六万寺(?)かな どうしても覚えられず困ってます
[48]相良四郎さんからのコメント(2021年06月08日 12時37分16秒 ) パスワード


他田日奉 については どうお考えでしょうか
メモは一応取ってありますが

十一屋を名乗る人がいて本名と思っていましたが
屋号ですね 諏訪神党と思いました

向こうですと小川が近くですが小川市との関連(?)
とりあえずあの辺の利水工事の原型はほぼ清正らしいですが
中山道を通って越(広義の)へ経由したりしますかね

大浜にもなっていくのでしょうか

有名な学者も親が小川らしく調べたくなりました
[49]相良四郎さんからのコメント(2021年06月24日 12時49分37秒 ) パスワード


不規則 思い上がっていたので
コメントを整理していました

東仙台は調査中です
同じ言葉で見ていこうと思います

[50]相良四郎さんからのコメント(2021年06月24日 18時29分47秒 ) パスワード


このままでは堪らないので
持ってきました


長上郡

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/23 14:38 UTC 版)

長上郡(ながかみぐん、ながかみのこおり)は、静岡県(遠江国)にあった郡。



脚注
^ 新貝村、新貝村受所に分かれて記載。寺社除地は新貝村に存在。
^ a b c d e f g h i 記載は豊田郡。



かなり飛ばしましたが
今は一部にさせてください

[54]相良四郎さんからのコメント(2021年06月25日 20時02分21秒 ) パスワード


ネットで見ただけですが
忠正から

服部 戸沢 中根

となるようです

広くみると宇都宮も(?)

間接的に我が家が津島十五党になるのでしょうか
出雲にも向かったか

五百年といっていましたし松浦党ではと思いましたが

今さらですが四ツ目紋 は身近にいました


頃合いを見ておいでになって下さい
[55]相良四郎さんからのコメント(2021年06月25日 20時40分57秒 ) パスワード


普通あそこまでしないのですが

こんな時代になる前に
口和(山陽)は行っておけばよかった


[56]相良四郎さんからのコメント(2021年06月25日 21時18分12秒 ) パスワード


もう一度 二十八宿を見ていきます
上手な人は、うまく使いこなすと思いますが
一度誤りがあったようです

話は変わりますが

式部 シキブ 浦和、岩槻、草加、杉戸、坂戸、所沢等に存す。新潟県佐渡郡佐和田町九戸、島根県簸川郡大社町八戸あり。

一 足立郡平柳領辻村(鳩ヶ谷市) 常住寺日蓮上人坐像銘に「為色増二度再興之本願□□、筆者式部阿日栄花押、于時文明第八天丙申十一月吉日」。異筆に「天文十九年庚戌十一月日花押、藤原朝臣氏女大旦那、花蔵院、真俗昌繁所願成就祈者也、式部阿大源阿内□女也」と見ゆ。

以前、式部の話がありましたので
のせます
[57]相良四郎さんからのコメント(2021年06月26日 12時13分10秒 ) パスワード


残念ながら多伎から向こうは心ない人に改変されたと思います

とりあえず 見つけてきました


井田松江古墳群(いたすんごうこふんぐん)

松江古墳群は、横穴式石室のある円墳で、昭和29年以降、松江山で29基、丸塚で4基の円墳が数えられた。古墳時代後期(1,300年〜1,400年前)のものと推定されている。今までに7号墳・21号墳・18号墳・9号墳が発掘調査された。

なぜか違う読み方ですね


[58]相良四郎さんからのコメント(2021年06月26日 21時24分24秒 ) パスワード


ようやく肩の荷が降りました

和乙茂 活気づいてくれればと思います
水滸伝も読まなくては

今度こそ東仙台です
あの辺りには古い地名が残っているようですね
服部さんの守備範囲でしょうか
[59]相良四郎さんからのコメント(2021年06月26日 23時05分24秒 ) パスワード


今まで言わなかったのですが小城は
高嶺にある感じがしておりました


最澄と日蓮 どう接点があるか
楞厳丸の為の三十番神社だったそう

有難い話を頂きましたーー
[60]相良四郎さんからのコメント(2021年06月26日 23時16分51秒 ) パスワード


川俣温泉の位置は知らなかったです

湯西川温泉とも近く隠れ里ということでしょうか
山を越えれば檜枝岐村

我が殿は
「鍋」の文字だけでも残したかったのかもしれません
[61]相良四郎さんからのコメント(2021年06月29日 23時13分40秒 ) パスワード

勿論 筑豊両州は見てますが
ご無沙汰で調べるときには丁寧にと思っています

未だパワフルなサイトの方々がおられると良いのですが

嘉麻市は お気に入りです

しかし三潴ですが どうしても三陸感を見いだそうと前のめりになっていて

とりあえず恩師が毛利でしたので
そのあたりから入ろうと思います

日子の島ですから
[62]相良四朗さんからのコメント(2021年07月02日 17時02分40秒 ) パスワード


最初に云うべきでしたが


    ユキ スキ   は知ってますでしょうか

毛利を書いて思い出しました
大枝だったときから把握していた人達の一部と勝手に思っています

   銀山で思い付くものとしてかなり限られる筈ですが
尾花沢はもう書いていいのではと

私は行きました

 続きを書きたいのですが

歴史はどこであってもモザイク状になる
私見を書いて終わります
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