[1] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月17日 15時18分19秒 ) | パスワード |
> 平家一門さん
誘われるようにこちらに来られましたね。(笑)
しかし、ここは「下関 島 平家」だらけのとこです。(笑)
又、プロフェッショナルな方達ばかりです。
もう少し具体的に「事あるごとの夢」を語られると良いと思います。
先祖の氏や戒名のようなものも語られると良いです。
貴殿のような体験をなさった方も多いです。
決して変人扱いはされませんから御安心なさい。
風景や人物もヒントになる筈です。ここでルーツが見つけられると良いですね。
[2] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月17日 17時08分49秒 ) | パスワード |
下関周辺の島々です。
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/seisaku/kikaku/retoshin/shimatop.html
彦島
竹の子島(鬼ヶ島)
http://hikoshima.com/photo-takenoko/
六連島(むつれじま/かに島/没利島)
http://hikoshima.com/photo-mutsurejima/
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/seisaku/kikaku/retoshin/mutsure.html
かに島
馬島 http://kazekobo.cool.ne.jp/kaikyo/kanmon-sanpo19.html
金崎島
片島
和合良島
蓋井島(ふたおいじま)
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/seisaku/kikaku/retoshin/futaoi.html
水島
巌流島(舟島)
http://www.hikoshima.com/ganryu/index.htm
大津島
満珠 干珠島
http://voyager55.cool.ne.jp/yamaguchi/sea/setonaikai/shimonoseki.html
http://homepage3.nifty.com/ckcs/sub8-1.htm
来留見ノ瀬
加茂島
黒島
ねずみ島
男島
女島
石島
竜宮島
蓋瀬
厚瀬
丸瀬
桜瀬
くい瀬
白島 http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/contributefile/sirosimafile/SIRASIMA.HTM
男島
女島
藍島(北九州市)
http://kazekobo.cool.ne.jp/kaikyo/kanmon-sanpo10.html
姫島
貝島
古敷岩
大藻路
小藻路
広岩
白洲
大島
勝島
地ノ島
[3] | 服部 明子さんからのコメント(2003年05月17日 23時38分19秒 ) | パスワード |
彦島だと思いますが。
彦島には重盛や忠清の家老をしてた和田氏関係のお寺がありますから。
それとも源平の戦いの時に基地を作った島でしたら
無数に関係するでしょうね。
[4] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月18日 07時57分46秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2003年05月18日 09時37分05秒
[5] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月18日 09時36分37秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時33分38秒
[6] | 服部 明子さんからのコメント(2003年05月18日 10時31分43秒 ) | パスワード |
>海に対して突き出した 松の木・・・・・・・
身投げ岩の所が相当するのかしら?
[7] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月18日 11時00分15秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時34分10秒
[8] | 服部 明子さんからのコメント(2003年05月18日 12時23分48秒 ) | パスワード |
http://www2.tip.ne.jp/~nakani00/photo-oi/oi-01.htm で出ませんでしたら
http://www.hikoshima.com で検索できます。
平家の女性達がここから身を投げたという場所です。
[9] | たまねこさんからのコメント(2003年05月19日 20時23分12秒 ) | パスワード |
>海に対して突き出した 松の木・・・・・・・
屋島の海ではないですよね?
私事ですが、何ヶ月か前に、そのような写真を車のディーラーの季刊誌で見つけ、
「これは、いつか何処かで見た海」だなぁと。タイトルは『屋島』でした。
岩場から、海に向かって、くねくねと松が生えている、緑色の海でしたが…。
[10] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月19日 23時43分08秒 ) | パスワード |
ここに135件あります。
http://websearch.yahoo.co.jp/bin/query?p=%ca%bf%b2%c8++%b3%a4++%be%be%a4%ce%cc%da%a1%a1%c5%e7&hc=0&hs=0
[11] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月19日 23時48分04秒 ) | パスワード |
たまねこさん のはこの辺?
http://www.sima.jp/~honjima/tachibana/tatibana.htm
[12] | 服部 明子さんからのコメント(2003年05月20日 00時14分26秒 ) | パスワード |
日本全国網羅ですね。
いよいよ迷ったりしてぇ〜
[13] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月21日 00時34分36秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時34分35秒
[14] | 服部 明子さんからのコメント(2003年05月21日 03時43分21秒 ) | パスワード |
1200年前ですと平安遷都のあたりですね。平安遷都が794年ですから。
日本がいよいよ日本になっていく時代。
[15] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月23日 06時53分01秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2005年01月22日 23時51分17秒
[16] | たまねこさんからのコメント(2003年05月26日 22時15分17秒 ) | パスワード |
1200年遡るほど、古い話ではないのですが、
こちらに、「愛媛の平家伝説」のスレッドがありましたね。
http://hikoshima.com/bbs/heike_slink/100431_5.html
四国・中国、九州には平家落人伝説がたくさんありますので、
平家一門様の御先祖様が、そのあたりを拠点にしていたことが
わかれば、平家との繋がりがわかるかもしれませんね。
[17] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月31日 11時06分13秒 ) | パスワード |
サクモト さんと読むんですね。珍しいほうの名字なんですね。
全国ランキング36,933位19世帯?だそうです。
from 全国の苗字(名字):9万種/ 須崎さん
http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/
PDF P18/43:http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/msa.PDF
[18] | いつも通りさんからのコメント(2003年05月31日 11時08分49秒 ) | パスワード |
↑総当たり出来る数字ですね。(汗)その辺からお調べになられると...。
[19] | 平家一門さんからのコメント(2003年05月31日 16時27分14秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時34分48秒
[20] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2003年06月03日 12時10分58秒 ) | パスワード |
お久しぶりです。
鞘本さんとおっしゃるのですか?
珍しいですけど
「鞘」に何か関係があるのでございましょうね?
高貴な方から「鞘」を拝領したのを記念にした名字とか
江戸時代のご職業から出たお名前ではございませんか?
お父さまの本籍から遡って御先祖さまの戸籍をお取りになれば
明治の初めの御先祖さままで情報が得られます。
戸籍謄本取得理由は「先祖の供養のため」となされば良いと思います。
いろいろ御先祖さまの事が分かりますよ。
1970年代以前でしたら昔の身分も書かれていましたのにね。
お父さまのお若い頃の戸籍謄本が手に入りましたら書かれていますよ。
華族とか平民とか士族とか。
頑張ってくださいね。
[21] | 平家一門さんからのコメント(2003年06月03日 21時42分05秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時34分59秒
[22] | たまねこさんからのコメント(2003年06月03日 22時11分55秒 ) | パスワード |
復活なさったのですね、ギャンブラーさま。
(ラスベガスでギャンブル三昧の生活をなさっている??)
私も「鞘」に関連した職業ではないかと思ったのですが。
日本人の名字の由来の8割は、地名からと申しますが、
「鞘本」という地名は、現在はないですね。
(あったら、ごめんなさ〜いです。)
[23] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2003年06月04日 09時08分26秒 ) | パスワード |
>私も「鞘」に関連した職業ではないかと思ったのですが。
でしょうね。
「鞘」に関係してると思います。
でも伊予国って結構変わった名字がありますから
難しいですね。
鞘部でしたらこれは職業姓の律令国家時代以来かな?なんて飛びますけどね。
私も調べてみますね。
[24] | 平家一門さんからのコメント(2003年06月06日 21時29分54秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時35分07秒
[25] | そりちゃんさんからのコメント(2003年06月06日 22時50分59秒 ) | パスワード |
昨日図書館に行った時に、あっそういえば、と思い出し
いろいろ姓氏関係の本を見てみたのですが、鞘本姓は
記載がありませんでした。
作本や佐久本はありました。
私が見た姓氏関係の本は主に地名姓が主に載っている
ものだと思います。
その本に記載がないということは、やはり職名姓だと
いうことだと思います。
鍛冶師であれば「鍛冶」姓を名乗ったりしているようです。
平家一門さんのお家に伝わっている口伝、本当だと思います。
懐かしく思ったのも、遺伝子の記憶では?
私も以前伊勢にいったとき、ダンナと二人でなんだか
知らない土地とは思えないね、と妙な感覚を体験しましたよ。
[26] | 平家一門さんからのコメント(2003年06月07日 05時07分03秒 ) | パスワード |
そりちゃんさん こんにちは ありがとうございます。なんだか1つ光が射した気がします。
伊勢ですか 何度か行ったことがあります 厳粛なトコですよね!!
できましたら 今後ともよろしくお願い致します
[27] | たまねこさんからのコメント(2003年06月10日 23時23分10秒 ) | パスワード |
名字と家紋の本を読みながら、そりちゃんに
「不幸のメルマガ」を送りつけていたところ、
【名字お国ぶり】という項目が目に入ってきました。
その名字を聞いただけで、出身県がわかるという、
酒の席で盛り上がりそうな雑学ですので、記しておきます。
鞘本さんの記載はないのですけれど、
親戚に多い名字など、出身地や縁の地に手掛かりがあれば
…、と思います。
参考にはなりませんが、山梨県の"功刀"さんも
刀に因んだ姓なのでしょうか。
[28] | たまねこさんからのコメント(2003年06月10日 23時23分27秒 ) | パスワード |
【青森県】
唐牛(かろうじ)・苫米地・下斗米
【岩手県】
似鳥(にとり)・帷平(かたびら)・米内
【山形県】
清野(せいの)・我妻(あがつま)・国井
【宮城県】
大槻・菊田・針生(はりう)
【福島県】
新妻・安斎・小針
【栃木県】
君島・氏家・増淵
【群馬県】
都丸・田部井(たべがい)・反町(そりまち)
【埼玉県】
柿沼・蓮見・遊馬(あすま)
【千葉県】
植草・臼井・忽滑谷(ぬかりや)
【神奈川県】
二見・甘粕・露木
【山梨県】
雨宮・功刀(くぬぎ)・藥袋(みない)
【長野県】
降旗・茅野(ちの)・岩波
【静岡県】
勝間田・芹沢・青島
【愛知県】
鬼頭・木全(きまた)・祖父江
【岐阜県】
鷲見(すみ)・纐纈(こうけつ)・棚橋
【新潟県】
関川・丸田・田巻
【富山県】
二上・布目・安念
【石川県】
越川・平出・談義所(だんぎしょ)
【福井県】
高間・印牧(かねまき)・石徹白(いとしろ)
【滋賀県】
馬杉・京極・儀俄
【三重県】
柘植(つげ)・加太(かぶと)・世古
【京都府】
糸井・辻井・芦田
【奈良県】
乾(いぬい)・矢追・志野
【和歌山県】
湯川・色川・九鬼
【兵庫県】
室井・丸尾・栗花落(つゆり)
【鳥取県】
景山・山根・美甘(みずも)
【島根県】
勝部・常松・森脇
【岡山県】
白神・角南(すなみ)・植木
【広島県】
塩上・世良・高垣
【山口県】
末武・有吉・吉武
【香川県】
十河(そごう)・香西・宮武
【愛媛県】
越智(おち)・正岡・清家(せいけ)
【徳島県】
美馬・川人・三木
【高知県】
浜岡・仙頭・入交(いりまじり)
【福岡県】
江藤・石丸・納富
【長崎県】
岩永・池永・永淵
【熊本県】
緒方・赤星・徳富
【大分県】
友松・衛藤・阿南
【宮崎県】
甲斐・石切・興梠(こうろぎ)
【鹿児島県】
橋口・時任・伊集院
【沖縄県】
与那嶺・屋良・平良・今帰仁
[29] | いつも通りさんからのコメント(2003年06月11日 01時52分53秒 ) | パスワード |
ひゃー、たまねこさん 当たってます当たってます!
知り合いで「確かに!」ての37氏全部当たってるか出身がそちら方面と聞いたり
奈良県「乾(いぬい)」は朝鮮陶工末裔と思ってましたが違うんですね。(汗)
香川県「十河(そごう)」は同県で「十合」でした。
それ以外はぜーんぶ当たってます。
[30] | たまねこさんからのコメント(2003年06月12日 00時33分16秒 ) | パスワード |
いつも通りさん
百貨店のそごうは「十合」ですよね。
以前、そごうのカードを作った時、どうして「じゅうあい」
って印刷してあるんだろ?と真剣に悩んだことがあります。
知らない人間からみたら、難解な姓って多いのですね。
茨城県は記載されていませんでしたが、七五三掛(しめかけ)
なんて名前もあります。
UFOでお馴染みの矢追純一は、奈良県の名前だったのか〜。
NASAの隠蔽工作により、作られた名前じゃなかったのか。
などと、変に納得してしまいました。
[31] | いつも通りさんからのコメント(2003年06月13日 23時35分01秒 ) | パスワード |
名前じゃないですけど山形県に
西村山郡大江町十八才乙家の前
(にしむらやまぐん おおえちょう じゅうはっさい おつ いえのまえ)
http://www.do-map.net/esactl.htm?ENC=xzXXFjALjmR7C2TKKCqVdRB71v8bWF8Iz49seuxwfGdz9Wqlfr9w0yiAkHwoFMvJvli%2FIfZU7GgvHDxSobMI73PFxkaHyCmXf%2FOCw%2BjBezX%2FnLidke5zWkI8pXBz357G
なんて言う地名もありますよ。
大字「甲」と「乙」の他、字「表」と「裏」「カバ」「孫テロ」もあり
西村山郡大江町顔好甲カノ矩(かをよし かのかね)とか
http://www.do-map.net/esactl.htm?ENC=TqgyqriIayJLxRzqWXT%2FVrwmvRaNRnqRXEltDSsmGWSNagqxebJasmcwwZdgfTClEuJvq6MA095EswfB185l5R%2FzcpvOYgMpeIusEzy6zy0C7OtSZ8hbjA%3D%3D
更にこの町には難読な
西村山郡大江町左沢(あてらざわ)もあります。
http://www.do-map.net/esactl.htm?ENC=0Ja0KQstlGbPnza3VUhm4Cgw6NvzAcs9Xl6EPziTdylaiCCAJZjMwxnsXlQAu8Yg1QQkfMib%2B8KbKN6ClOhVzzE9cKCUFruL
ここに「日本一公園」?と言うのあり
十八才過ぎてしばらく山奥へ入ると七夕畑を過ぎたあたりに
「柳川そば」と言うのがあります。
地粉百%手打ちで地元婆様が打つので土日は待つこと2時間。
仕方がないので頼んだら芒硝泉ですがすぐ傍の
「柳川温泉」(200円/大江町柳川1502)につかってきます。
http://www.do-map.net/esactl.htm?ENC=XntEFUPSdFmHMpujkjeVYfbWz%2FMhrE%2FdrKrcEIRvMkAHNv1ATjhUf4UwE179v8wMfm4gu4lN4YTeozJLFgIc84OQY2WCOrf7Z46Nm2ucU27pRWbkPcfyq41ovcYUCxwk2LZWrUw6DToPOJhTojlNCKfTyCuSkFKtaesLakf6eNLjuNykZf05aianCLkFoXJMts30X9drbRk%3D
珍名宝庫の山形県西村山郡大江町でした。
http://www.do-map.net/esactl.htm?ENC=179qJAHobU%2Bpg1cNVyStISERYUakcFp%2Ftkj5yzf8kfE%3D
[32] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2003年06月13日 23時59分27秒 ) | パスワード |
山形
すんごい地名の数々ですねえ。
ヨソ者には見当もつかない。
「あてら沢」の「あてら」ってどんな意味なんでしょうね。
私は寒河江の人とお喋りしてる内に彼女がだんだん寒河江方言になっていってしまって
全然訳が分からなくなっていってしまいました。
土地自体の表現ってヨソ者には見当もつかないです。
[33] | 平家一門さんからのコメント(2003年06月30日 02時03分56秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時36分40秒
[34] | 暇なギャンブラーさんからのコメント(2003年06月30日 02時20分10秒 ) | パスワード |
平家一門さん
永平寺ですか。
どういう意味なのでしょうね?
ここからオカルト付いていくのかしら?
永平寺でしたら比叡山との対立があったのじゃないかしら?
[35] | 布袋竹さんからのコメント(2003年06月30日 04時02分16秒 ) | パスワード |
超常現象は、過去世のものや、未来の予知能力も
いろいろ、混合されているのですね。
それにしても、その文字の所に行き当たるとは
すごい潜在能力と言うか・
ホンのちょっと前に、寒河江のさくらんぼの写真と・
それを息子に送ったと・見たばかり
[36] | がくぽんさんからのコメント(2003年06月30日 08時30分26秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2005年08月27日 09時40分07秒
[37] | 暇なギャンブラーさんからのコメント(2003年06月30日 11時17分23秒 ) | パスワード |
>道元の生母は関白基房の娘、実父は通親だと本にあった記憶
はい。
だそうですね。
母は最初義仲の妻となり
その後
通親の妻となり道元を生んだ後に8歳の道元を残して亡くなった、と。
道元は比叡山で修行し宋に行き人はなぜ修行しなくてはならないのか、と。
道元の袈裟の文字と夢と
どういう理由が背景にあったのでしょうね?
私は比叡山で凄い体験をしましたが永平寺も凄い所だろうなと前から考えています。
永平寺は比叡山ほど政治に係わっていないと思ってますが
分かりませんよね。
一体どういう意味だったのでしょうね?
[38] | 川口 信さんからのコメント(2003年06月30日 14時24分51秒 ) | パスワード |
平家一門さん、皆様方へ
道元禅師が開山した永平寺について検索しました。
http://www.mitene.or.jp/~katumin/eiheiji/top.htm
道元禅師略伝に禅師の両親について書かれておりました。
* 現在の定説
道元禅師の両親についてはいろいろな説がありましたが、江戸時代の宝暦2年(1752)道元禅師500回大遠忌の頃、永平寺43世央元密巌禅師の依頼を受けた「面山瑞方和尚」によって調査され、村上天皇から数えて八代目の通親公が父親であると「訂補建撕記」という書物に著されました。この説を研究したのが「道元禅師研究の第一人者」である大久保道舟博士(永平寺西堂、福井県武生市出身)です。
* 近年の説(通親公の二男 通具(みちとも)公であるという説。)
道元禅師の上堂説法の法語を整理した「永平広録」によると、道元禅師は晩年、二度、父母のために永平寺で上堂説法を行っています。
一度は、建長2年(1250)9月に「育父源亜相のために上堂、・・・・・」、更に建長4年(1252)9月、「源亜相の上堂、云く、父母の恩を報ずる、・・・・・」とあります。亜相とは大納言のことで、通具公に相当し、また、「後中書王」から八世は一般的には通親公の子供たちに相当します。
通具公は、歌人としても有名で「新古今和歌集」の選者の一人でもあり、母は平清盛の弟、通盛(みちもり)の女(むすめ)といわれています。嘉禄3年1227、安貞元)9月2日没。(道元禅師が中国から帰国した年) また、永平寺のある越前は平家歴代の任地でもありました。
上記文章により道元禅師は平家と関係があったことになりますが。
[39] | 暇なギャンブラーさんからのコメント(2003年06月30日 14時47分28秒 ) | パスワード |
平家と関係があったのですか。
平家一門さんに何を伝えたかったのでしょうね?
[40] | いつも通りさんからのコメント(2003年07月03日 13時57分48秒 ) | パスワード |
こいつでどうでしょう?
google=永平寺 開山 子
http://www.google.co.jp/search?q=%89i%95%BD%8E%9B%81 @%8AJ%8ER%81@%8Eq&ie=Shift_JIS&hl=ja&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&lr=
[41] | いつも通りさんからのコメント(2003年07月03日 14時00分42秒 ) | パスワード |
httpから=まで全文コピーして貼付後@マークの前のスペースを削除して下さい。
[42] | 平家一門さんからのコメント(2004年02月07日 22時10分04秒 ) |
本人によりコメントは削除されました。 2006年05月01日 00時36分59秒
[43] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2004年02月08日 02時34分36秒 ) | パスワード |
平家一門さん
難しい御質問ですね〜(笑)
今は昔と地形が変わっていますから該当する所はどこでしょうね?
三原のお城が条件に合うのでは?と最初に思いました。
土地鑑が無いと答えられないでしょうね。
海とはちょっと違いますが長浜城も当てはまりますね。滋賀県琵琶湖です。
[44] | はるうみさんからのコメント(2004年05月20日 04時51分45秒 ) | パスワード |
はじめまして。 突然失礼します。
名字について検索していると通りかかってしまいましたが、平家一門さんの書き込みが非常に興味深かいです。
自分は広島県は尾道に住んでおります。
ここらへんは、村上水軍のメッカでであり、「村上」姓も非常に多いです。
近くに「鞘の浦」という場所があります。(観光ガイド等にも載ってますよ)
「鞘本」姓はそこからでは?
また、尾道の昔話にも平家についての話があります。
瀬戸内にはそんな話がうじゃうじゃありますね、どんな小さな島でもあるので、お墓探しは困難かもしれませんが、おもしろそうですね。
尾道周辺は昔から商業も盛んな要所でしたので、城も多かったようです。
信じられないような山の中にあるのに、海が一望できた…なんて記述もみられます。
しまなみ各地の民話からもヒントはあるかもしれませんよ。
[45] | はるうみさんからのコメント(2004年05月22日 03時48分27秒 ) | パスワード |
すみません。いきなり↑訂正させて下さい。
「鞘の浦」ではなく「鞆(とも)の浦」でした。
一番重要なところ間違ってますね。
鞘は刀関係、鞆は弓関係ということになりますね。
どうでしょう、関係なくもないかな…と思いますが。
他の内容は間違ってないはずです。
平家一門さん、また、もしかして混乱された方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
[46] | 隈さんからのコメント(2004年05月23日 13時51分00秒 ) | パスワード |
平家一門さん、はるうみさん、初めまして。平熱常連の皆さん、どうもご無沙汰しています。
突然ですが、はるうみさんのコメントを読んで思い当たることがあり、久々にカキコします。
平家一門さんがお探しになっている「海を見渡せるお城」の件です。
私の母方の出身地が尾道対岸の向島なのですが、この島の南側、因島に面した「立花」という地区に、「余崎城址」があります。
村上水軍の城跡で岬の突端、山の上にあり、瀬戸内海を見渡せる場所です。
(何しろ、村上水軍が見張り用に建てたものですから)
今となっては、きれいな庭があったかどうかまでは分かりませんが。。。
しかも平家一門さんが言われるように「余」の字がつくので、ひょっとするとここでは・・・などと思いまして。もちろん確証は無いのですが。
ご先祖探しの参考になれば、と思います。
私も向島に住んでいた自分の先祖について調べています。
もちろん、平家繋がりです(^^)
平家一門さんも、良い情報が見つかると良いですね。
[47] | さちこさんからのコメント(2004年05月24日 23時22分37秒 ) | パスワード |
隈さんお久し振りです。
お子さん達はお元気ですか?
投稿に気づくの遅くてごめんなさい。
余の字の関係であれっ?
と感じたので、でしゃばりますが。
http://search.jword.jp/cns.dll?t
ype=sb&fm=2&agent=&partner=AP&lang=euc&name=%CD%BE%B8%E2&selected1=
滋賀県の余呉湖は気になるのです。
天女伝説のあるところで。
滋賀県伊香郡です。
伊賀=伊香と私は考えてます。
ここは物部氏の拠点でもあった所です。
羽衣伝説、
一番有名なのが静岡の三保の松原ですがこちらのほうが古いみたい。
どういう繋がりがあったのか?
こりゃもう、
清水の次郎長親分でしょ!
というか清水の港は渡来系一族の拠点でした。
次郎長親分の生家、
次郎長の実のお兄さんの子孫が服部さんです。
荒神山のことなど多分ご存知ないかもしれませんが、
ここの住職が村上さんでした。
隈さんへ。
このとき歴史が動いたみましたか。
以前からご指摘の通り足利義昭。
実証されましたね。
義昭のいた鞆の浦、
そう、当時は村上水軍が支配してました。
そして織田信長を扇でたたいた謎の光秀の妻。
やはり。。。
また別スレで。
何かと大変と思いますが、
お子さんのお話しも交えてまたぜひ書き込んで下さるのを楽しみにしてます。
[48] | さちこさんからのコメント(2004年05月24日 23時34分11秒 ) | パスワード |
上記のリンク先アドレス長くて切れました。
他をさがしたのでどうぞ。
http://www2.cny.ne.jp/kankou-y/YOGO_TENNYODENSETU.htm
[49] | さちこさんからのコメント(2004年05月25日 23時32分18秒 ) | パスワード |
昨夜は隈さんの久し振りの書き込みに喜んでしまい失礼しました。
次郎長親分=服部家。
そして本能寺の変の真相は?またね(笑)
鞘と鞆似てます。
サヤエンドウの鞘、
鞆も弓矢を収めておく物ではなかったですか?
記憶違いならごめんなさい。
でも鞆は確かに弓矢に関することだったと。
どちらにしても革。。川。河?
あえてこの鞆の字をにしたのは何故と考えます。
伊賀にも鞆田、鞆田川があります。
鞆田=友田です。
詳しくは忘れましたが、
伊賀の鞆田庄は東大寺の荘園で、
伊賀平氏が六条院に寄進したのが原因で平家と東大寺が対立したのでは?
覚えてますか?
何年か前、
そりちゃんさんの反田の話題の時。
友田を私が読み間違えたこと。
平家一門さん、はるうみさん。
ご挨拶遅れて申し訳ありません。
少し何の判らないかも知れませんがごめんなさい。
[50] | 隈さんからのコメント(2004年05月26日 13時59分06秒 ) | パスワード |
さちこさん
ずいぶんご無沙汰してしまってすみません。
メールしようと思ってたのですが、パソコンのトラブルもあったりして。
ここのところ、メール不能になってたと思います。申し訳ありません。m(_ _)m
またこちらから、メールしますね。
私はこの春から小学生になった娘の関係で、慌しい毎日を送ってます。
息子は相変わらず入院生活ですが、最近は栄養が足りているので「すくすく成長」してます(笑)。
2年前に餓死しそうだったのが、ウソみたいですよ。
あともう一つ、この場を借りて連絡させてください。
明子さん、そちらへメール送りたいけど、うまく行かない。。。(汗)
いっぺん送ったけど、うまく届かなかったみたいで(泣)
取りあえず、忙しいけど私は元気です(^^)/
一言それだけは言いたかったので。
で、先日のカキコ、ピント外れてるみたいなのでちょっと修正を。
平家一門さんのおっしゃってた「余」の字は、お墓に刻まれた文字なんですね。失礼しました(恐縮)。
村上水軍のお城なら、海を見渡せる場所にあることがほとんどだと思います。
豊臣秀吉の天下になってからは水軍も活動禁止に追い込まれて、水軍城は皆壊されてしまいましたが、
城址はしまなみ海道のあちこちにありますね。
その中から、これは平家一門さんに関係あるかも??と思った城址を一ヵ所、紹介します。
http://kankosv1.kankou.pref.hiroshima.jp/webindex.nsf/pages/3-P007-40
南北朝時代は南朝方の基地となり、戦国時代は村上水軍の拠点となった、大可島城。
鞆の浦の先端にあり、かつては島だった場所です。
今は真言宗寺院「円福寺」となってます。
ここで南朝方として奮戦、討死した桑原伊賀守重信のお墓もあります。
このページの一番下の写真です↓
http://www1.linkclub.or.jp/~part3/far/daigashima/daigashima.html
鞆合戦について↓
http://www.ehime-np.co.jp/shimanami/kikaku/kei/kei2/kei2-980322.htm
同じく↓
http://www2.justnet.ne.jp/~jingu/sanyoshinbun-tomonoura.htm
ところで、「桑原伊賀守重信」ってどっかで聞いた名前だけど?と思っていたら・・・
彼の元の領地は、2ヵ所。
1つが上のリンクのページにある通り、沼隈郡山南。
ちなみにここは、他スレにもあったように、平家落人の里で有名な所。
平通盛(清盛の甥)とその妻が落ち延びた、という伝説があります。
川口さんのコメントにありましたが、彼は道元の曽祖父に当たるという説があるのですね。
もう一つが、品治郡服部。うちの先祖と繋がった。。。
そう、以前私が先祖調べで取り寄せた服部村の資料の中に、桑原氏の記述があったのです。
その資料によれば、桑原氏は土肥実平の子孫だから、小早川氏と同系です。
平氏は平氏でも坂東平氏で、源頼朝の重臣。
土肥実平は平家滅亡後、備前・備中・備後守護に任じられて、備後の平家没官領を貰ったのです。
服部や山南も、それに含まれていたようです。
なので、桑原氏自身は源氏方だけど、備後の領民は平家落人系の人が多かったと思います。
平家方で、南朝方で、反信長派がうようよしてたんですね。やっぱり。。。
だから私もこのサイトに引っ張られる訳ね。。。(^^;
ちなみに鞆の浦近辺の漁民にも、「我々は平家落人の子孫」という言い伝えがあります。
「平」とか、「能登原」という地名に名残が見られます。
鞆の浦は刀鍛冶が多いことでも知られていたようですし、平家一門さんに繋がるかも!?です。
[51] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2004年05月26日 16時22分41秒 ) | パスワード |
隈さん
お久し振りでございます。
お嬢さんは小学校ですか。おめでとうございます。
息子さんはお元気になってるようで安心致しました。
山南さんって私は結構好きなんですよ。
やっぱり平家関連で引き合うのでしょうか?
沼隈郡ですか。(しみじみ)
さてさて私のメールですが
昨年春に引っ越して以来ラスベガスでしか使えない小さなプロバイダーを使用してるんですが
アメリカはメールの60%がいわゆる変なメールでして
ウイルスやらその他大変なので公開してないんです。
私のメール住所であちこち御迷惑をお掛けしたりして
だめだって言ってるのに開けた人がいたりして
本当にあちこち迷惑を掛けたようです。
ラスベガスのプロバイダーはまだ新しい所でメールの送受信もうまくいかないし
最近開発されたコミュニティなのでまとめてやってるらしくて
ちょっと要領がまだ安定してないんです。
とにかくまだメールがうまくいかなくて
同じプロバイダー使用の夫にメールを出すのにも数日かかる調子なので
親兄弟ともメール交換をやってないのですよ。
ネットは書き込みが出来ない事もあるけれどまあまあ出来る感じです。
それでロムは出来る時にはしてますけど不安定です。
かといって大きなプロバイダーは変なメールやスパイウエアなどが凄いし
私が仲介で変なのが日本に行くのもイヤですし
もう謝って回るのも疲れたし
お知らせして回るのも(逆にウッカリ余計にあけたくなるきっかけになるらしくて)
それでメールはやめてるんですよ。
ま、私がやめてればアメリカの変なのが私経由で行くことだけは止められるかな、と願いまして。
去年の4月から止めてるのですけどそれでも昔のアドレスでも行ってるそうで
もう溜息ですう。
もし隈さんとこにも変なのが行ってましたら絶対ニセなので速攻で削除をお願い致しますね。
[52] | 隈さんからのコメント(2004年05月26日 17時25分39秒 ) | パスワード |
明子さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
メールの件、了解いたしました。
はあぁ、やっぱり米国のメール事情も、大変なのですね。
実はうちでもちょっとしたトラブルが発生しまして、気軽にアドレスを公開するのは
そろそろ止めたほうがいいかな、と。
ウイルスも怖いけど、情報漏洩も怖いし。
第一、これ書いてるのはは私自身のパソコンじゃないし(爆)
最近忙しいこともあって、私の先祖調査も一休みしていたのですが、
久しぶりにここを覗いたらまたまた「引っ張られて」しまった!?
という訳で、新たな進展に期待する私です。
まだ決定じゃないけど、ひょっとしたら今年あたり、備後再訪が叶うかも。
ちょうど先日主人に「福山市服部地区と、鞆の浦に連れてって」とリクエストしたところなのです。
上に書いた、南朝方の桑原伊賀守。
始めは楠正成の同志・桜山慈俊に従って、備後一ノ宮・吉備津神社で奮戦。
桜山氏が無念の自害を遂げた後は命からがら逃げ帰り、
その後、鞆合戦で破れて自身も討死したということです。
私の手元にある郷土資料のコピーによれば、その時服部の領民も桑原氏に従い、
鍬を武器に持ち替えて戦ったとか。
今度鞆の浦に行ったら、円福寺にあるという彼のお墓に参ろうかな、と思います。
[53] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2004年05月27日 02時16分59秒 ) | パスワード |
隈さん
>久しぶりにここを覗いたらまたまた「引っ張られて」しまった!?
>という訳で、新たな進展に期待する私です。
>まだ決定じゃないけど、ひょっとしたら今年あたり、備後再訪が叶うかも。
>ちょうど先日主人に「福山市服部地区と、鞆の浦に連れてって」とリクエストしたところなのです←ぎえ〜
>上に書いた、南朝方の桑原伊賀守。
「伊賀守」でドッキリです。
ということは「服部」関係バリバリ?
思わぬ所で思わぬ名字が俗姓で?出て来るところが日本ですね。
本当に後世から遡るのは大変!
そんなにコロコロ名前を変えるな〜と叫びたい!
以前服部家のホンヤさんから「いい家の代表」のお名前として「桑原さん」というのをお聞きしたような。
(こんがらがってるかも知れませんが)
ホンヤさんが一目置く「立派なお家」というニュアンスだったような?
是非是非「円福寺」さんにお参りなさってあげてください。
そして桑原伊賀守の無念の思いを血を分けた隈さんの子供さんに生きる力として分けてくれるよう
お願いしてください。
[54] | さちこさんからのコメント(2004年05月27日 23時21分19秒 ) | パスワード |
隈さん。
お子さん達がお元気で嬉しく思います。
残念ながら(?)死にかけてた父も元気になりました(笑)
現在84歳です。
詩吟が好きで、漢詩が好きです。
明子さんのお父様も詩吟をなさってたそうですね。
詩吟な〜。 実は私も。。。。少しかじりました。(汗)
鞆の浦、
調べてみると凄いところですね。
桑原というのは気になってました。
桑原伊賀守重信一族墓域修復碑姪
桑原重信一族この地に逝きて六百有余歳墓石散逸し、墓域荒廃す。
そもそも桑原家は代々備後国服部永谷に住し椋山城主たり。元弘の頃備後一の宮櫻 山慈俊と共に後醍醐帝に仕え、南朝の忠臣として歴戦し、建武の中興には従五位下 刑部少輔に任ぜられ、沼隈郡山南石浦城主となり鞆城代をも兼ね、南北分るるにの ぞみても、あくまで南朝に属し、遂に大可島合戦に一族と共に死す。その後裔一族 各地に残り今に至る。先祖を偲び同族相計りて、大可島城址の墓域を修復し、残存 せる墓石を集めここに祀る。
『大可島城跡案内板』より
http://www.siromegu.com/castle/hirosima/taigasima/taigasima.htm
桑原氏というのは、
漢氏系渡来人になります。
桑=養蚕で。
字の如く桑原という地名は秦氏関連が多いです。
「クワバラ、クワバラ」
これも元は桑原。
藤原氏の陰謀で左遷された菅原道真の領地が桑原です。
当時、都では落雷は菅原道真の怨念のせいとして恐れられてました。
道真の領地をとなえる事で怨念を許してもらえると思ったのかな?
桑原=クワバラ=カッパーラという説も??
そろそろ秦熱に移動した方がいいかもしれません。
鞆の浦に、
沼名前神社というのがありました。
少し気になる神社です。
隈さん。
鞆を訪れるならぜひこちらも行って下さい。
祇園社系です。
京都の八坂神社も元はこちらから移したそうです。
神功皇后が三韓征伐の前ここに立ちより、
戦勝祈願をし鞆を奉納した事から鞆の浦となったというか。。。
そんな話もあります。
書きたいこと沢山なのに書ききれなくて。。
ま〜ぼちぼちと。
[55] | 隈さんからのコメント(2004年05月28日 13時44分19秒 ) | パスワード |
明子さん
>是非是非「円福寺」さんにお参りなさってあげてください。
>そして桑原伊賀守の無念の思いを血を分けた隈さんの子供さんに生きる力として分けてくれるよう
>お願いしてください。
とのお言葉、どうもありがとうございます。m(__)m
さちこさん
桑原氏情報、どうもありがとうございました。
沼名前神社って、祇園社系だったのですね。知らなかったです。
そういえばスサノオ関連の蘇民将来伝説も、備後国風土記に載っていたんでしたね。
出来たら行ってみたいです。娘の機嫌が許せば…(^^;
もう一つ、桑原氏関連で見つけたページをご紹介。
http://www.kougakutosho.co.jp/mathematics/mathematics_103.htm
> 驚くべきことに、一五四三年の鉄砲伝来後にその情報を得た因島村上水軍は生口島垂水の桑原家に鉄砲を製作させ、
> いちはやく独自の鉄砲組を組織するとともに、のちの勘合貿易においては製造した鉄砲を中国にまで輸出していたらしい。
> 単に警固料や通行税を徴収するばかりでなく、水軍みずからも広く国内他地域や国外との交易を行い、収益をあげていたのである。
因みに生口島は、因島と大三島の間。一応広島県です。
桑原家、村上水軍に鉄砲製造を任されている…
平家一門さんのご先祖様って、桑原家一族か、家臣だったのかな?
今日は図書館に行ったついでに、愛媛県と広島県の電話帳を覗いてきました。
やっぱり「鞘本」さんて珍しいですね。
愛媛県では全然見つからず。
広島県で、わずかに三軒(もちろん全ての世帯が載っているわけではありませんし)。
福山市、因島市、向島町でした。ご親戚でしょうか?
備後のお寺を探すと良いのでしょうかね??
道元関連なら曹洞宗だし、例えば1,200年前ということならむしろ空海開山ということで真言宗だし。。。
どちらもしまなみ海道には結構たくさんあるし、もうちょっと絞り込めたら良いですね。
[56] | さちこさんからのコメント(2004年06月02日 22時36分34秒 ) | パスワード |
明子さん御誕生日おめでとうございます!
決して忘れませんよ!
6月2日。
明子さんのお誕生日そして本能寺の変があった日。
明子さん、隈さん。
私がインターネット初心者で平熱に迷い込んで来た時、
とても親切にして頂きました。
その時の嬉しかった気持ちは決して忘れません。
明子さん。
ごめんなさいね。
でも弥富のことに関しては、やはり事実を知って欲しかったのです。
言葉が足りなかったこと申し訳なかったです。
明子さんがメールアドレスを公開してる時に連絡できれば良かったのですが。
今は連絡とれなくて困ってます。
どうぞ気持ちを察して下さりメール頂ければ嬉しいです。
ラスベガスはもう夏ですか?
日本は数日前までムシムシした夏のような季節でうんざりでしたが、
ここのところ爽やかな5月のような季節が続いてます。
日本は本格的な梅雨入りはこれからですね。
梅雨のないラスベガスが羨ましい!
暑くてもサラッとしているのでしょうね。
明子さんとはお会いしたことないけど、
遠い昔、姉妹だったと思うのですよ。←迷惑かもしれないけど。
とにかく今日は特別の日。
お誕生日おめでとうございます!
明子さんや平熱の皆さんとずっと仲良くお話しできることを祝って!
「平家一門!乾杯〜!」
[57] | 布袋竹さんからのコメント(2004年06月02日 23時37分11秒 ) | パスワード |
おめでとうござりまする、
誕生日なのですね。おめでとうございます。
オカルトチックなロマンある平熱にも感謝・万歳
[58] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2004年06月03日 00時12分16秒 ) | パスワード |
さちこさん、布袋竹さま
ありがとうございます。
>オカルトチックなロマンある平熱にも感謝・万歳
平熱では確かに背筋がゾクゾクするような体験を得られますね。
不思議です。
日本人は複雑に親戚関係だっていうのを納得します。
知らない人なのにちょっと話し込むと先祖で繋がっていたなんて。
>明子さんがメールアドレスを公開してる時に連絡できれば良かったのですが。
今は親ともメール交換してないんですよ。
もうウイルス騒ぎには疲れました。
更にプロバイダーが地域限定で繋がる時が使える時という感じでのんびりやってます。
今は病気の義兄の世話が優先で
我が家の方は1年経ってもまだ引越整理がついてないのですけど
義兄宅に殆どいるのでネットは出来ないのです。
夫も義兄の命の灯火が細くなっている現在それがストレスになってて
当分我が家はこんな状態ですね。
引っ越したらアラスカに旅行することもまだ実現してないですし。
こういう状態なので隈さんにも御理解を頂いてますのでさちこさんも御理解をお願い致します。
[59] | 暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2004年06月03日 04時55分15秒 ) | パスワード |
そうそう昨日テレビを見ていたら三重県木曽岬という文字が出てて親戚と同じ名字の人が出てました。
ちょっと珍しい名字なので。
昔は遠い親戚などと縁組したものですから
私にも三重県木曽岬の血が混じってたのと驚きました。
さちこさんとも思ってるより近い血で繋がってるだと思いましたよ。
[60] | たろさんからのコメント(2005年08月26日 09時32分22秒 ) | パスワード |
はじめまして。子授かりの神社を探していたらたどり着きました。(なぜ?)
ただ、黙って通り過ぎられなかったのには訳がありまして。
だいぶ上のほうに名前リストがありましたよね。
私の出身は山形で、旧姓は「清野」、母方の祖母の旧姓が「平」なんです。
ちなみに清野は、東根の関山あたり、平は山形の小国町あたりに多いそうです。
もちろん、小国には平の落人伝説ありますよ〜。
斜め読みした時は、「お、清野も平家にかかわった名前なのか?」と
どきどきしましたが、なーんだ〜地方限定のなまえだったのか〜。
スレ汚しすみません。でわ〜。
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